初めに「働き方改革」という言葉の意味と目的を改めて確認しておきます。
国が提唱する働き方改革とは、「一億総活躍社会」に向けた一連の取り組みの総称です。
個々人の意思や能力、事情に応じ、多様で柔軟な働き方を選択可能とすることで、就業を望む全ての人の働きやすさの実現を目指します。
働く意欲を持つ人がその希望に沿った働き方をできれば、本人はもとより周囲の人々の幸福につながります。企業は潜在していた労働力や能力を得ることができ、それらは国の経済を活性化させる基盤となるでしょう。
働き方改革の推進は、人・企業・国の3者に望ましい効果を与える可能性を秘めています。
働き方改革で得られる影響には様々なことが考えられますが、主な目的としては次の3つが挙げられます。
生産人口の減少傾向が続くなかにあって、万人が働きやすい環境が整い、社会に潜在する労働力の活用が実現されることは経済対策への大きな希望です。子育て世代や高齢者など、働く意思がありながら、環境や諸事情によって働けずにいた人にとっては、自己実現のチャンスが生まれます。
多様性があり働きやすい職場を作ることで、ライフステージの変化に対応するワークスタイルが実現します。育児をしながらでも当たり前に働き続けられる社会になれば、出生率の向上が期待できます。
働き方改革では、生産性の低さが問題視される国内の職場環境の改革が期待されています。生産性の向上とは、労働者一人当たりが生み出す成果を上げることです。
効率的な働き方により質の良い労働を可能とする環境の整備、休息時間の適正化・労働内容に見合った賃金制度など、見直すべき点は多々あります。
労働人口が減少する社会にあって、経済成長を実現していくためには、一人ひとりの労働による生産性を高めていくことが必須条件と言えるでしょう。
働き方改革が提唱されるはるか以前より、日本社会には労働に関する多くの懸念や課題が存在していました。戦後の高度成長期、バブル期においては労働の長時間化が是認され、長く働くことが美徳であるかのように受け止められてきたのです。
労働者にかかる負担は、バブル崩壊による人員削減対策でさらに増加。1990年代には、過労死問題が大きく取り上げられるようになります。
働き方改革までの主な動きは、以下の通りです。
日本社会の勤労に対する意識や民族性といった要素に加え、日本経済がたどってきた経過が、現在の働き方改革案につながっていることが分かります。
働き方改革が求められる社会背景についてさらに詳しく解説します。
働き方改革では、潜在する労働力の活用が求められています。日本の人口は2008年をピークに減少傾向に転じ、それに伴い労働力も縮小の一途をたどっています。総務省統計局が公表している2020年(令和2年)労働力調査年報をみると、労働人口(15歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせた人口)は、2013年より増加傾向にあったものの、2020年には8年ぶりの減少となりました。しかし、この労働人口を15歳〜64歳を2010年からの10年の推移を追うと、増減を繰り返しながら、10年間で6,047万人から5,946万人にまで減少しています。15歳以上でみたときは、微増ではあれ増加傾向であった数字が、15歳〜64歳に限ってみると減少したということの背景には65歳以上の高齢者の増加も伺えます。
日本社会は超高齢社会にあり、2030年には高齢者の割合が日本の人口の1/3にまで上昇すると見込まれます。
また、今からおよそ40年後、2065年の労働人口は現在よりも4割減少(2020年に6,404万人いる労働人口が、2065年には3,946万人にまで減少)すると予測されています。
こうした状況下で国としての経済を維持していくためには、労働量の維持と労働の質の向上が必須の課題といえます。課題の解決策として企業には、労働人口が減っても生産活動を維持できるだけの生産性の向上と、労働参加率を高めるための雇用対策が求められています。
「頑張ること自体が美徳」という考え方のもとでは、働く成果よりも働く「プロセス」が重視されます。効率性、合理性に欠ける状態であっても、長時間労働が奨励されてしまいがちです。
働き方改革では、不合理な仕組みの改善や業務フロー見直し、スキルアップなどの方法を用いながら、短時間でこれまでと同様もしくはそれ以上のアウトプットを得ることが求められます。
「労働の量を維持すること」とは、少人数に無理をさせて働かせるということではありません。雇用形態や人員配置などを柔軟に対応できるよう改善し、労働力の総量を維持していくという考え方です。
多様な人材の登用、テレワーク・リモートワーク・サテライトオフィスの活用、DXの推進といった手法を随時取り入れていく必要があります。
これに付随した問題として正規雇用と非正規雇用の格差があります。これは、同様の業務をしているにも関わらず、正社員であるかないかで賃金に差がある状態のことです。柔軟な働き方を実現する上でも、この格差の是正は大きな課題です。
働き方改革推進が急務とされるもう一つの背景として、日本の労働生産性の低さがあります。OECD(経済協力開発機構)のデータに基づく、2019年の日本の就業者一人当たり労働生産性は、OECD加盟国37カ国中26位です。
2019年の日本の時間当たり労働生産性は47.9ドルで、OECD37カ国の平均59.3ドルを大幅に下回っています。労働人口の急増が見込めず、減少傾向が顕著ななかにあって、少ない人員で高い生産性を実現することは、国家としての命題と言えるでしょう。このような現状だからこそ、働き方改革による生産性の向上が急務と考えられます。
コロナ禍を経験し、多くの企業が有事における事業継続の難しさを痛感しました。働き方の多様性を受け入れることは、企業経営存続にも大きく寄与します。
日本はコロナのような感染症のほか、地震、台風、大雨、大雪、火山噴火など、様々な自然災害が想定される国です。BCPを考える上でも、業務場所の分散化といったことを含む働き方改革の推進が有効策となります。
企業で働き方改革への対応を進める上で指針となるのが、様々な働き方改革関連法です。その内容を確認していきます。
働き方改革関連法のポイントは以下のとおりです。
それぞれの要点を解説します。
時間外労働においては、次の3つの条件すべてを満たさなければなりません。ただし建設事業、自動車運転の業務、医師など一部の事業・業務については、2024年3月31日まで猶予されています。
年間10日以上の有給休暇がある労働者に対しては、年間5日以上の有給休暇を取得させることが義務付けられています。基準日(継続勤務した期間を6カ月経過日から1年ごとに区分した各期間)から1年以内の期間に、労働者ごとにその時季を定め、適宜与えなければなりません。このほか、使用者による時季指定という方法で取得させることも可能です。
労働時間等設定改善法(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法)の改正により、「勤務時間インターバル制度」が、事業主の努力義務として追記されました。
勤務日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に、一定時間の休息の確保に努める必要があります。
労働基準法の改正により「フレックスタイム制」が拡充されました。フレックスタイム制の「清算期間」の上限が1カ月から3カ月に延長となります。期間内における総労働時間の範囲内で、個々の事情に応じた柔軟な勤務が可能です。
50人以上の事業場を対象に、衛生委員会や産業医に対して従業員の健康管理に必要な情報を提供することが義務付けられています。産業医による面接指導の目的は、メンタルヘルスケアを行うこと。企業は労働時間状況の客観的な把握およびその記録を、3年間保持しなければなりません。
一定の年収(1,075万円を参考に検討)を得ており、高度の専門知識を持つ労働者に対しては、規定の要件内で労働時間等の規制の対象外とすることができる制度です。これを適用するためには、本人による同意が必要です。また「健康管理時間」を把握し、健康管理時間が一定時間を超える場合には医師による面接指導を実施しなければなりません。
雇用形態に関わらない公正な待遇の確保を目指し、正規雇用(正社員)と非正規雇用(非正社員)に関して、同一の労働をした場合は同一の賃金を支払うことが義務とされています。
月60時間以上の時間外労働に対し50%の割増賃金を支払うことに関して、中小企業に対する猶予が廃止されます。施行開始は2023年4月です。
働き方改革関連法のうち、企業に対する罰則規定が設けられた項目は以下の5つです。
原則としては月45時間・年360時間、臨時的に特別な事情がある場合でも年720時間以内・複数月平均80時間(休日労働を含む)・月100時間未満(休日労働を含む)。この上限規制に違反した場合は、「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」。
60時間を超える時間外労働について5割以上の割増支払いの義務については、2023年4月をもって中小企業の猶予期間が撤廃。違反した場合は、「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」。
有給休暇最低5日取得が義務化。違反した場合には「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」。
清算期間における実際の労働時間のうち、清算期間における法定労働時間の総枠を超えた場合には時間外労働として扱う。清算期間は3カ月。ただし清算期間が1カ月を超える場合には、労働基準監督署への労使協定の届け出が必要。これに違反行為があった場合には「30万円以下の罰金」。精算期間が1カ月以内の場合には届出は不要です。
面接指導の義務対象となる労働者の要件は、「1カ月当たりの時間外・休日労働時間が80時間を超過しており、かつ疲労の蓄積が認められる者」「月100時間を超えて時間外・休日労働を行った研究開発業務従事者、月80時間超の時間外・休日労働を行い、疲労蓄積があり面接を申し出た者」「1週間当たりの健康管理時間が40時間を超えた時間について月100時間を超えて行った高度プロフェッショナル制度適用者」。研究開発業務に従事する労働者や高度プロフェッショナル制度適用者に対して、事業者が医師の面接指導義務を果たさないといった違反行為があった場合、「50万円以下の罰金」。なお、これに該当しない労働者に対して、医師による面接指導義務を果たさなかった場合の罰則・罰金はありません。
企業では罰則の有無に関わらず、自社でできる可能な限りの働き方改革を進めていかなければなりません。
「働き方改革関連法」の施行に伴い、規模によらずほぼ全ての企業に対応義務が発生しています。企業の取り組みに際しての課題を確認します。
単に法令に沿って無理に就業時間を厳しくしても、自宅作業が増えるといったように現場負担が増加するだけです。
事業の縮小による仕事量抑制、人件費をかけた増員といったコントロール手法は、経営の観点から難しく、限界があります。そのため、労働時間の適正管理と業務の合理化・効率化を同時に進めることが必要です。
例としては以下のような改善策が挙げられます。
個々の従業員の稼働状況を明らかにし、加重なタスクを与えすぎないようにします。
重複や慣例からの作業を廃止、不要な会議を減らすことで、会議を最低限にとどめるといった効率化に向けた取り組みが求められます。
残業・長時間勤務を美化せず、効率的な業務遂行を評価するようにします。
社内業務の閑散・繁忙を見極め、合理的な視点から時間的な人員配置を行います。
有給休暇取得の推奨は企業の義務です。義務を怠ると企業の責任が問われます。一方で準備なく有給休暇の取得推進をしても、業務に支障をきたしかねません。そこで、一般的な対応として有効なのが、「有給休暇の計画的付与」や「有給奨励日の設定」です。
「有給休暇の計画的付与」では、例えば「Aさんは○月○日と△月△日と×月×日に必ず有給休暇を消化する」というように、有給休暇日を各従業員に対して計画的に指定します。なお、「有給休暇の計画的付与」の実施には、労使協定の締結が必要となります。
「有給奨励日の設定」は、「○月○日と△月△日と×月×日は特段の事情がない限りは有給休暇を取得してください」というように特定の日に有給休暇を消化することを促す方法です。「有給奨励日の設定」の実施には、就業規則上に根拠を設けておくのか望ましいとされます。
このように特定の時期に有給休暇を取得することを予定することで、労働生産性向上への取り組みを加速させます。従業員側も、企業の定めに従えば周囲に気兼ねなく有給休暇を取得しやすくなります。
同一労働同一賃金の原則のもとで懸念されるのが、人件費の上昇です。多くの企業では人件費抑制の手段として、非正規雇用の労働者を活用してきました。
また格差是正に当たっては、社員への説明の手間や待遇の公正化に向けた雇用体制の整備が必要となります。
まずは雇用形態と従事する業務内容の確認、見直しを行い、それぞれの身分に合わせた適正な業務範囲を定めます。労働時間・業務内容についての規定を明確化し、社内外に向けて客観性のある説明材料を準備することが大切です。
正規雇用、非正規雇用トータルでの総労働時間最小化に向けた、労働生産性向上策の実施が求められます。
2019年末から、コロナウイルスの影響で働く環境は一変しました。今後はニューノーマルを意識しながら、働き方改革を一層推進していく必要があります。
衛生環境の保全、オフィス内の従業員の安全性を確保しつつ、生産性を向上するためには新しい技術、ビジネスモデルを柔軟に受け入れ、活用できる企業姿勢であることが大切です。
感染症対策の一環として出社人数の抑制を行った結果、テレワークをはじめとする多様性のある働き方が浸透してきました。どのような業務環境においても、生産性の向上が欠かせないものであることに、改めて気付かされた企業も多いのではないでしょうか。
これからは仕事の仕組み・フローの最適化を図りながら、自社における課題の発見と改善を行う必要があります。働き方改革に対応する企業体制にするためには、現状を把握し、できるところから改革を進めていかなければなりません。
働き方改革への取り組みを進めるための、以下の項目が自社内で整備・導入されているか、また、最適な環境が構築できているかをチェックしてみましょう。
企業が労働生産性の向上を意識した「働き方改革」へ取り組むことで、労働者にとって働きやすい環境が実現します。そして、企業では事業活動に必要な労働力の確保、生産性の向上が実現。これにより、国内経済が活性化していきます。「働き方改革」によって、人・企業・国の3者にもたらされるベネフィットは計り知れません。またコロナ禍を通じ、多様性のある働き方が企業運営の継続に寄与することも実感されました。
今後は働き方改革に本腰を入れて取り組む企業こそが、成長し、発展していけるでしょう。企業の生き残りをかけた戦略として、時代に合わせた働き方への柔軟な思考と体制が求められます。
いいじかん設計 編集部
コニカミノルタジャパンの働き方改革プロジェクトのリーダーとして活躍中の牧野さんに、コロナ禍にお...
コニカミノルタジャパンでは2013年から働き方改革の取り組みを開始し、2017年から全社でのテ...
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