時間外労働の上限規制の法制化とはどういったことなのでしょうか?ここでは、法制化前と法制化後の上限規制の違いについて改めて確認しておきましょう。
そもそも時間外労働とは、「1日8時間、週40時間」を超えた労働(残業、早出、休日出勤含む)を指すもので、労働基準法で定められた「法定労働時間」を超えた労働のことです。なお、これ以外に労働時間を考える視点としては企業ごとの就業規則で定められた「所定労働時間」があり、それを超えた労働時間については「所定外労働時間」と呼びますが、「時間外労働の上限規制」は「法定労働時間」を超過した時間、つまり労働基準法における「法定外労働時間」について規制するものです。
時間外労働の上限規制が法制化される前から、時間外労働の上限は「45時間/月」「360時間/年」と定められていました。ただしこれはあくまでも原則であり、仮にこれを超えた労働を行っていたとしても労働基準監督署から行政指導が入るだけで特に罰則はなく、努力義務としての上限規制でした。
また、労働基準法では労働時間は週に40時間と定められていても、社員に時間外労働や休日出勤を求める場合、労働基準法第36条に基づき雇用側と社員側の代表が書面により労使協定を結べば、雇用側は上限を超えて時間外労働をさせることも可能でした。これも延長時間の限度は決まっているものの、時間外労働の上限規制と同様に、罰則はありません。これがいわゆる、「36協定」です。
これまで努力義務であった時間外労働の上限規制。2019年4月から法制化されましたが、上限規制の時間自体は従来と変わりありません。変わったのは、上限規制を破ってしまった際に罰則が科せられる点です。臨時的な特別の事情がない限り、上限規制の時間を超えてしまうと、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられるようになりました。もちろん、36協定に関しても延長時間の限度を超えると罰則が科せられます。
また、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合であっても、
に違反してはならないとして、同様の罰則が科せられるとしています。
時間外労働の上限規制が従来の努力義務から法制化されたことには、いくつかの目的があります。そのなかでも主なものとしては、次の3点が挙げられます。
残業時間が増加すれば、その分、睡眠・休養時間が削られてしまう可能性が高く、社員は常に健康面で不安を抱えることになります。睡眠不足は脳機能障害や脳血管性疾患、循環機能の低下、冠動脈性心疾患などの健康障害を引き起こす確率を高めるだけではありません。最悪の場合、過労死につながってしまう可能性も十分に考えられます。もはや時間外労働の削減を努力義務とするだけではこのリスクを軽減できないとして、法制化が進められました。
時間外労働の増加は体の健康面だけではなく、心の健康維持にも大きな影響を及ぼします。時間外労働が減り、少しでも早く帰宅できるようになれば、休養をしっかり取れるだけではなく、趣味に時間を費やしたり、家族とだんらんを楽しんだりする時間も増加するでしょう。それがワーク・ライフ・バランスの向上を生み、結果として仕事でも効率化、生産性向上につながっていきます。
少子高齢化による人手不足解消対策としては、女性登用の促進、高齢者の働く機会の創出が欠かせません。しかし、これを実現するにはいくつかのハードルを越える必要があります。そのなかでも大きいのが、家事・育児・健康状態・体力などに配慮した労働環境の提供です。時間外労働上限規制は、誰にとっても働きやすい環境をつくる手段の一つとして重要なポイントとなります。
もちろん、誰にとっても働きやすい環境が整備されれば、離職率の低下にもつながり、既存社員の定着率向上にも大きく寄与します。そうした意味で、今後少子高齢化が急速に進むなか、少しでも早く法制化する必要があったのです。
働く側にとって、時間外労働の上限規制法制化は喜ばしいことではありますが、実際にはいくつかの課題もあります。法制化から1年が経過したなかで、実感された課題もあるでしょう。具体的には次のとおりです。
時間外労働や休日出勤が減れば、身体・精神面での負担は抑えられますが、収入は以前よりも減少してしまう可能性が考えられます。
企業によっては、時間外労働の上限規制に時間だけ合わせようとするため、サービス残業や仕事の持ち帰りなど残業時間に含まれない業務が増えてしまうリスクもあり得ます。
管理職は、労働基準法が定める労働時間や36協定の時間外労働の限度も関係ないと思われがちですが、労働基準法では管理職の労働時間も通常の社員と変わりません。労働基準法や36協定の規制を受けないのは、自分で就業時間を決められる経営者に近い者だけです。
しかし、課長や部長といった管理職は部下の時間外労働を管理するため、労働時間内に終わらない仕事を自分たちで負担してしまうケースも考えられます。これにより、上限規制に触れてしまう可能性がある上、健康面、精神面で大きな負担がかかるようになってしまう場合があるでしょう。
上記のような具体的な課題を考えて見ると、働く側にとっては自分のために使える時間が増えたところを心身のリフレッシュに充てるほか、スキルアップのために活用して、収入アップにもつなげられるように工夫することが必要です。企業にとっては、いかに短時間で効果の出る働き方を従業員に求めていくかが問題になっているともいえます。そしてそれは、企業が残業時間の削減によって実現できたコストの削減をどう活用するかをも含めた検討をする必要があるとも考えられます。
そうした状況をHR総研(ProFuture株式会社/HR総研)が「働き方改革」に関するアンケートとして調査した結果があります。調査期間は2020年2月28日〜3月6日。つまり大手企業に残業時間の上限規制が施行されて1年近く経った頃の調査です。それによると、残業時間の削減によって削減できたコストを人材育成への投資に活用したとする企業は約40%、また従業員への直接的な還元として使ったとするのが29%、内部留保としているのが27%という結果でした。
労働時間を短縮し、働きやすい環境を実現すると同時に、生産性の向上を継続的に確保するためには従業員それぞれの労働生産性を維持、あるいは高めるための教育が重要になる、といった課題も見えてきた1年だったといえるのではないでしょうか。
法制化により、かえって負担が増えたり、収入が減ってしまったりする課題をどう解決すればよいのでしょう。ここでは、そうした課題を解決するための対策を紹介します。
現状の業務分析を行い、業務改善やツールの導入により業務効率化を進めていきます。これにより、残業時間を減らせる上、生産性が向上して企業の利益増大も期待できるでしょう。そうなれば結果として社員の給与が上がる可能性も高まります。
時間外労働や休日出勤が増えてしまう大きな理由が人手不足です。この課題を解決するには、既存社員の離職防止対策と優秀な人材の雇用が欠かせません。そのポイントとなるのが多様な働き方の実現です。
例えば、テレワークや時短勤務を導入すれば、育児や介護で退職せざるを得ない社員の離職防止対策になります。また、多様な働き方を実現させれば、それが新たな人材雇用時のアピールポイントの一つとなり、優秀な人材の雇用も期待できるようになるでしょう。
社内のコミュニケーションを活性化させ、情報共有を徹底します。これにより業務の属人化を防ぐことができ、業務の偏りがなくなります。結果として、誰かが急に休む、異動する、離職するといった際でも、すぐにほかの社員が対応できるようになり、業務の滞りを最小限に抑えられるでしょう。
中小企業での規制が始まってから約1年。厚生労働省が発表している、「毎月勤労統計調査(令和3年(2021年)3月分結果確報)」を見ると、所定外労働時間は、パートタイマーに関しては、前年同月比で17.4%減少ですが、正社員は0.7%しか減っていません。この結果から見ると、まだまだ残業時間削減の道のりは簡単ではないと言えます。
ただ、時間外労働の上限規制が法制化された目的は、社員の健康面をサポートし、働き方改革を実現させることです。それが結果として生産性向上につながれば、社員は無理をして残業代を稼ぐ必要もなくなります。この好循環を生み出すことが、時間外労働の上限規制法制化最大の目的です。
そのため、残業時間を減らすという数字だけを見るのではなく、その先にある働き方改革の実現、生産性向上といった目標を明確に掲げ、取り組むことが求められます。それが結果として、時間外労働の上限規制法制化による課題解決にもつながるのです。
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いいじかん設計 編集部
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