公開日2023.07.20
そうだったのか!ユニバーサルデザイン!
「印刷ビジネス」視点でやるべき&もっとできること
ユニバーサルデザイン(UD)という言葉から、どのようなことを思い浮かべるでしょうか?
本コラムでは、意外と知られていないUDの本質から、取り組むことでのビジネス上のメリット、印刷業ならではの挑戦課題=新たな付加価値づくりのテーマまで、印刷ビジネス視点でのヒントをご紹介します。
意外と知られていない? UDの本質
UDの本質 「すべての人に、魅力的なデザインを」
印刷業界の中には、ユニバーサルデザイン(以下、UD)に注力されている方が多くいらっしゃる一方で、対応が難しい、必要性を感じない、ルールが厳しく表現をせばめるなど、さまざまな考えの方がいらっしゃいます。かく言う筆者もかつてはUDに懐疑的だったことがあります。UDを謳ったものには、デザインとして魅力的とはいえないものが散見されたからです。
しかし、「UD7原則」には、「ガイドライン 1d.」として「Make the design appealing to all users.=すべての利用者にとって魅力的」という一文があり、決められたルールを守ることがUDの本質なのではないことを知りました。
UDは、グッドデザインの基本
日本でもっともポピュラーなデザイン評価制度であるグッドデザイン賞の審査の視点では、「人間的視点」としてUDの観点が最初に置かれています。これは、かつて特別賞として設けられていた「ユニバーサルデザイン賞」の視点が、あらゆるデザイン評価のベースになったことを意味しています。
グッドデザイン賞、とくに上位賞受賞作品の受賞理由を読むと、UDの視点が含まれていることがわかるでしょう。
UDとは、ユーザビリティを高めユーザー層を広げること
国際的なUDの定義を平易な言葉で翻訳すると「できるだけ多くの人に使いやすいモノ・コトづくり」となります。さらに「ユーザビリティを高めてユーザー層を広げること」と言い換えると、マーケティングの視点としてもしっくりくるのではないでしょうか。
「ユニバーサルデザインの父」と呼ばれる提唱者のロナルド・メイス氏は、晩年にはとくに「marketable=市場性」を強調していました。UDとは、1970年代のバリアフリーの限界を越えるために、市場原理を取り入れることで生まれた考え方なのです。
UDとは、「誰ひとり取り残さない」社会を実現するための“手段”
読者の多くは、SDGsを意識したビジネスに取り組んでおられることでしょう。
SDGsがめざすのは、「誰ひとり取り残さない」社会。このスローガンは、近年、取り組まれる企業が増えてきた「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」を表す言葉です。
歴史をひもとくと、D&IとUDの源流は密接にかかわっており、SDGsを「D&Iを実現するための目標」、UDを「D&Iを実現するための手段」と位置づけると、いまUDに取り組む意義を理解しやすいのではないでしょうか。
ここまでの内容についての詳細は、「SDGs時代に、UDの歴史を改めて振り返る」をお読みいただけますと幸いです。
取り組むことでのビジネス上のメリット
重要性を増す、情報提供のUD化
ここからは、印刷物を「なんらかの情報を伝えるためのもの」としてとらえ、焦点を絞っていきます。
2000年代半ば、保険金不払い事件を契機に、情報媒体の読みにくさ/わかりにくさが社会問題として意識されるようになりました。その後、重要な情報が読みにくいことなどで不利益を被る人がいないように、最小文字サイズをはじめとするルールが定められていきました。
並行して、国連「障害者権利条約」に基づく国内法が整備されていき、2024年4月からは障害者差別解消法に基づく「合理的配慮」が民間事業者でも義務化されます。
情報を扱ううえで重視すべき合理的配慮の基本は、「情報格差を生じさせない」ことであり、過去20年で進化してきた技術やノウハウを活かし、さらに発展させていくことが重要です。
「読み手のため」だけではない、情報ツールのUD化
ここまでの観点は非常に重要なものではありますが、営利企業などからみるとその対応は「コスト」と映るかもしれません。ただし、先述のとおり、UDはマーケティングの側面からみることが重要です。
私たち事業者がつくる印刷物の多くは、「企業が生活者に伝えたいこと」であり、厳しい言い方をすると「知らなくても生活者は困らない。伝わらなくて損をするのは企業側」だということを忘れてはいけません。
伝わらなければ、つくる意味がない
印刷物におけるデザインの機能には、まず興味を引くこと、商品の購買をはじめとする行動につなげること、後のトラブル抑制も含めて正しく伝えること、などがあります。
読みにくく、わかりにくいと、読み手の意欲を削いで誤った理解につながり、本来の目的を果たせません。それでは印刷物の企画、制作にかかわる労力がすべてムダになります。
さらにいえば、情報のUD化は、そこで伝えるモノやサービスの開発から始まるあらゆる投資を最大化するための最後のひと押しととらえるべきでしょう。
「デザインの敗北」にならないために
とくに避けるべき事態は、つくり直しです。
SNSなどでは、しばしば「デザインの敗北」という言葉が取りざたされます。これは、わかりにくいデザインにクレームがきて、美しいとはいえない応急対応がなされるようなことを指します。
生活者に受け入れられないデザインは、本来想定していた使用期間を待たずに、つくり直される状況に追い込まれます。とうぜん追加のコストが発生し、企業側に損失をもたらすことになります。
そのような事態にならないためにも、つねに「わかりやすさ」を意識する必要があるでしょう。
これだけは押さえたい! 情報UDの基本
シニアをリードユーザーとしてとらえる
UDが求められる要因のひとつには高齢化があります。加齢による身体や認知機能の低下は、あらゆる人のさまざまな潜在課題が顕在化した状態といえます。
たとえば視力の衰えによる見えにくさへの対応は、年齢を問わず、それを見る環境や身体的なコンディションによる見えづらさにとっても有効です。また、認知能力の低下への対応は、忙しくてじっくり読む余裕がない場合などにも役立ちます。シニアのニーズに応えることは、人の多様性に応えるという観点で汎用性の高い解決策を検討する重要なヒントになるのです。
とくに、小さな文字が読みにくくなる老視などは40歳代、色の判別がつきにくくなる白内障などは50歳代から徐々に進行します。日本人の平均年齢はすでに約48歳となっており、見えにくさへの対応は限られた層のためのものではなく、ボリューム層のニーズに応えるものと認識したほうがよいでしょう。
最小文字サイズは8ポイント?
文字の大きさは、情報UDとしてもっとも意識されやすい要素でしょう。一般に流布しているUDガイドライン等では、最小文字サイズを8ポイントと定めています。これは、2000年代前半に凸版印刷も協力して制定されたISO/JIS規格から算出された数値であり、級数換算すると11.5級ほど。一般的な文字媒体の本文サイズよりやや小さめで、キャプションなどよりは大きめといった値です。
各種の基準を整理すると、以下となります。
特に重要な事項 | 12pt (約17級)以上 |
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本文など主要部 | 8pt (約11.5級)以上 |
補足情報など | 6pt (約8.5級)以上 |
一般に、文字は大きいほど読みやすくなりますが、複数の要素からなる印刷物などでは、情報の重要度によるメリハリ(ジャンプ率)や適度な行間隔、余白などのレイアウトが重要です。文字を大きくするためにこれらが損なわれると、かえって読みにくいものになります。また、印刷物に目を近づけて読む必要のある方には、文字が大きすぎると読みにくくなることも考慮したいところです。
さらに、この基準は手にもって読む印刷物での数値であり、離れた距離から読むものでは、その想定距離を考慮して調整する必要があります。ひとつの数値にとらわれるのではなく、それが読まれる状況なども考慮してレイアウトすることが重要なのです。
UDフォントは免罪符ではない!
上記の「補足情報など」の6ポイントという数値には、ひとつ条件が付きます。それは、ユニバーサルデザイン書体(UDフォント)を使用することです。
UDフォントは、もともと家電等の表示やサイン類での使用を想定して開発されたもので、小さなサイズや離れた場所からでも誤読されにくいことが重視されています。しかし、あらゆるフォントには想定された使用目的があり、UDフォントも万能ではありません。
まず、全体の文字情報量が多くなりすぎないように過不足なく記載要素を吟味すること、わかりやすい文にすること、適切な組版をすること。これらなしにUDフォントを使っても、読みやすくわかりやすい印刷物にはなりません。
基本は色に頼りすぎない構成力
文字サイズ、フォントとならぶ重要な配慮要素は、色の使い方です。日本人男性の20人に1人といわれる赤系と緑系の判別ができない色弱の方ばかりでなく、誰もが加齢により色を見分けにくくなります。
「カラーユニバーサルデザイン」の推奨配色も公開されていますが、これはあくまでも基本です。企業が発行するものなどでは、ロゴカラーをはじめとするVI(ビジュアルアイデンティティ)や商品イメージなどとの調和がとれるように調整することこそが、デザイナーの腕の見せどころでしょう。
ここでも重要なのは、決まりを守ることではなく、どのような視覚特性や環境でも情報の欠損が生まれないように、適切なカラーコントラストを保つこと。色を使わなくても理解可能な内容とレイアウトにすることです。
デザイン制作ソフトにはカラーシミュレーション機能がありますが、簡易的なチェック方法としてモノクロ出力での確認もお勧めします。モノクロ出力は、文字情報に集中できるので文字校正でも有効です。
印刷業ならではの挑戦課題=新たな付加価値づくりのテーマ
カンプだけではわからない仕上がりと使い方
印刷物は平面的なものだけではありません。立体物にはプロダクトとしての使いやすさという観点が必要になります。製本物では、ページのめくりやすさもUDの範疇に入ります。最近、筆者が気になるのは、無線綴じの印刷物でノドのアキが十分にないものが多いことです。制作中のチェック時に、製本された状態を意識することが減ってはいないでしょうか。
また、見やすさや読みやすさの条件は、環境要因によっても異なってきます。とくに光の反射によって読みにくくなることには注意が必要です。用紙やインキなどの選定も含めて、工夫できることは多いと思われます。
電子媒体での知見も取り入れよう
印刷媒体を企画・制作していると視覚障害の方への対応は難しいと思いがちですが、文字情報を二次元コードにして紙面に印刷してスマートフォンで聴ける(耳で読める)ようにするソフトなどもあり、多くの公共機関などで活用されています。
視覚障害には、なんらかの「見えにくさ」のある「ロービジョン」も含まれます。さまざまな条件の人に等しく情報を伝えるノウハウは、Webアクセシビリティとして基準が整備されているので、主要業務が印刷媒体だとしても、これらのノウハウを参考にすることをお勧めします。
見えているだけでは伝わらない
印刷された情報を理解するために必要な能力は、視覚だけではありません。認知機能にも目を向ける必要があります。
近年、発達障害(神経発達症)が注目されたことにより、認知特性の多様性はすべての人にかかわることがわかってきました。視覚映像優位と聴覚言語優位に大別され、それぞれ視覚情報を認知・理解・記憶するプロセスが異なります。端的にいうと、わかりやすさは人によって異なるということです。デザイン業に就く人は、視覚優位の場合が多いと想像できます。自分と異なる意見を排除しないことが必要です。
自分と異なる認知特性=情報処理方法が異なる人にとってのわかりやすさを知るためには、ニューロダイバーシティという考え方が参考になるので、ぜひ調べてみてください。
UDを付加価値づくりの開発視点に!
ここまでお話してきたとおり、UDとは「あなたが知らない誰かがつくった基準を満たすこと」ではありません。自分が携わった仕事が、ひとりでも多くの人の役に立つようにするための工夫や開発の「視点」こそが、UDの本質です。
使いやすく、魅力的なものはユーザー層を広げ、情報を伝わりやすくすることは大局的にクライアントと制作者双方のコストパフォーマンスを高めます。
UDは少数者のための特別な配慮コストではなく、多くの人に選ばれるものをつくるための開発視点です。
「Make the design appealing to all users.=すべての利用者にとって魅力的」なものをつくるために、ぜひユニバーサルデザインという考え方を取り入れてみてください。
トッパンエディトリアルコミュニケーションズ株式会社 UDコミュニケーションラボ 醍醐 利明Profile:編集、コピーライティング、グラフィックデザイン等を広く経験後、1998年にトッパンエディトリアルコミュニケーションズの創設に参画。2009年、「エディトリアルUD」を体系化。2016年、UDコミュニケーションラボ主宰着任。クリエイティブ改善ソリューション「でんたつクリニック®」のほか、広くダイバーシティ&インクルージョンをテーマとした企業支援業務に従事し、原稿執筆やセミナー講師なども務める。共著に「増補版 人間工学とユニバーサルデザイン新潮流~実践ヒューマンセンタードデザインものづくりマニュアル~」(ユニバーサルデザイン研究会 編/日本工業出版) Profile:編集、コピーライティング、グラフィックデザイン等を広く経験後、1998年にトッパンエディトリアルコミュニケーションズの創設に参画。2009年、「エディトリアルUD」を体系化。2016年、UDコミュニケーションラボ主宰着任。クリエイティブ改善ソリューション「でんたつクリニック®」のほか、広くダイバーシティ&インクルージョンをテーマとした企業支援業務に従事し、原稿執筆やセミナー講師なども務める。共著に「増補版 人間工学とユニバーサルデザイン新潮流~実践ヒューマンセンタードデザインものづくりマニュアル~」(ユニバーサルデザイン研究会 編/日本工業出版) |
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