文明開化をめざす明治政府の経済政策に大きく貢献した秩父の養蚕。肉体的には辛い日々であったが、新しい時代を迎える心は“自由”に向かって躍動していたにちがいない。昭和の大きな戦禍をくぐり抜け、その復活に精力的な取り組みがなされた蚕糸産業も化学繊維の登場で、その後急速に衰退していった。しかし、独特の風土と長い歴史の中に刻み込まれてきた“蚕を育てる心”は今でも山間のあちこちに散在している。
繭玉という小さいフクロに、何世代にもわたって命がけで関わってきた人々の知恵と情熱が、形を変えて、今この地の農業を必死で支えるエネルギー源になっている。
5年間の取材を通して、秩父の山間に住み続けている人々の心情に強く共感し、その生活感を記録として留めたカラー作品35枚で構成した。
| 1942年 | 埼玉県生まれ |
|---|---|
| 2002年 | 退職を機に地元の写真クラブ「KPC」に入会 |
| 2005年 | 写真展「Being-自己回帰線」 |
| 2008年 | 写真展「秩父-自然と共に生きる人々」 |
| 2009年 | 写真展「此岸-信仰の里 秩父」 現在 日本写真作家協会(JPA)会員 |
カラープリント 半切 約35点
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