関東大震災後の復興建築として生まれ、後の団地等の原形となった同潤会アパート。清砂通りアパートは全16棟、663戸という同潤会最大のアパートで、深川の地に76年間建ち続けていました。東京大空襲では躯体を残して焼き尽くされながらも、生き残った方々の尽力によって奇跡的な復興を成し遂げました。ここには平成の世に移り変わっても「時代から失われてゆく共同体の暮らし」があり、またそれを継承してきた住民の姿がありました。ですが、この歴史あるアパートも建物の寿命からは逃れようがなく、住民自身の高齢化と相まって、ついに建て替えがなされました。「汚いところばかり撮りやがって」。住民から罵声を浴びせられることから撮影が始まり、やがて自らここに移り住み、アパートの一員として受け入れていただくことで、解体を終えるまで撮影を続けることができました。この作品は清砂通りアパートの日常生活に寄り添いながら写した、最期の7年間のドキュメンタリーです。
ホームページ
http://www.apartment-photo.gr.jp
| 1969年 | 東京都生まれ 法政大学社会学部 情報コミュニケーションコース 及び 東京綜合写真専門学校 卒業 |
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| 1992年 | 一眼レフカメラを購入し写真を始める。最初の被写体は代官山同潤会アパート。 |
| 1996年 | 代官山アパートの解体を契機に、同潤会アパートをはじめとする、東京の歴史ある集合住宅の撮影を本格的にスタート。 |
| 2000~ 2003年 |
清砂通り同潤会アパート(江東区木場)在住。解体が終わるまで撮影を行う。 |
| 2001年 | 広告写真制作会社を退社し、以後、消えゆく同潤会アパートの写真による記録に専念。 |
| 2002~ 2003年 |
建築家や研究者などで組織される「同潤会の建築を考える会」「江戸川アパートメント研究会」に記録保存スタッフとして参加。各アパートの解体終了までを撮影。 これまで撮影してきた同潤会アパートは計8箇所。うち7箇所が既に解体、建て替えをされている。現在はただ一つ残されたアパートの撮影と写真集出版を目標に、これまでの作品をまとめる作業を続けている。 |
| 2001年 | 企画展「水辺のモダン」出展 東京都現代美術館 コニカフォトプレミオ「飴色の街 清砂同潤会アパート」 コニカプラザ |
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| 2003年 | 企画展「わたしの同潤会アパート展」出展 日本建築学会 建築博物館 |
| 2004年 | 「消えゆく同潤会アパート展」出展 リビングデザインセンター OZONE |
| 2005年 | 個展「同潤会江戸川アパートメント」 コニカミノルタプラザ |
| 2006年 | 「Tokyo East Perspective」出展 アサヒアートフェスティバル参加企画 |
常設展示:集合住宅歴史館
作品収蔵:清里フォトアートミュージアム
資料写真収蔵:江戸東京博物館
カラープリント 半切 約100点
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